2000年春に2058gの未熟児で産まれた我が娘もピッカピッカの一年生になりましたy(^ー^)y 笑いあり涙あり、感動あり時には激怒ありの飼育日記です
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 すいません
2006年06月20日 (火) | 編集 |
PC調子が悪くて更新できません

ほのかのことについては色々な方々にアドバイスを頂き、また励ましていただいてなんとか頑張っています。
病院の方にも行ってきました。先生からは心の病気だけではなくて私たち親にも原因の一端はあると厳しいお言葉のありました。
ただ『かなり難しい子』だと言われてきました。
『心に病気を持っているにしても確実にこれだ!という決め手があるわけでもなく、だからといって行動や発言が健常児とはあきらかに違う。どう考えていいか?見極めていいかいいか?わからない。もっともっと幼いころからのことを聞いて、自分もほのかちゃんのような子のことを勉強しなおしてからでないと判断がつかない』こんな風に言われて帰ってきました。

病院から帰った直後はかなり混乱して私自身もどうしていいかわからない状況でした。
今は先生に言われたこと、言葉の教室の先生から言われたことなどをもう一度自分なりに考えています。
パパとも何度も話し合いをしています。なかなかわかってもらえずに喧嘩になることもあります。でもわが子のことですから私も今までのように引き下がる訳にはいきません。
学校側との話し合いもまだまだこれからです。
でも担任の先生、校長先生に教頭先生、みなさんが力を貸してくださるさうです。とてもありがたいことです。
みなさんに助けてもらってこれからほのかがいい方向に進めるように頑張っていきたいと思います。

PCが回復してもなかなか更新は思うようにいかないかなとは思いますが、少しずつでも書いていきたいと思っています。
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 授かった命15(退院までの道のり1)
2006年02月16日 (木) | 編集 |
これから『授かった命15』をお読み頂く方へ
この『授かった命』は私の妊娠初期からの経過を綴ったものですので『授かった命1』から順にお読み頂く事をお勧めします
こちらから..お読みになって下さいm(_ _)m


退院の時、看護婦さんからくれぐれも無理をしないように言われた。
入院中から貧血で治療も受けていたし、出産後のエレベーター事件もあるので退院前に検査を受けてひどい貧血だから絶対に無理しないように釘を刺されて来た。

でも家でじっと寝ていると頭がおかしくなりそうだった。
朝、旦那さんが出かける前にも『無理しないで寝てろよ。帰ったら連れていってやるからさ』と言われていた。

お昼前…布団の中でまた胸が張って痛くなる。2~3時間置きに痛みがある。
まるでほのかのミルクの時間を私に教えているようだった。

ひとりでマッサージを搾乳をしながら涙が溢れた。
私なにしてんだろ?どうして会いにいかないんだろ?
そう思うと夕方まで待っていられない。すぐに搾乳したミルクを持って病院へ出かけた。

病院に着くとほのかはまだ保育器の中にいた。
ミルクを看護婦さんに渡してカンガルーだっこをした。しばらくすると大きな機械が部屋にやって来た。
『おかあさんちょっとだけ赤ちゃんをお借りしますね』
そう言われて部屋の外に出るように指示された。
どうしたんだろう?あんな赤ちゃんにレントゲンなんて…
まっているつもりでいましたが立っているのもようやくの状態で仕方なく体調がひどくならないうちに家に戻る事にしました。
夕方、旦那さんが帰って来て
『病院へ行くか?』と声をかけられましたが起きあがれなくてそのまま寝かせてもらいました。

家で4時間置きにおっぱいマッサージをして搾乳をして冷凍保存したミルクを持参していきます。
なかなか沢山は出なくておっぱいのまわりは痣になっていました。それでも少しでも母乳を飲ませたいと頑張ってました。
旦那さんには『あまり無理すんなよ。今は粉ミルクもいいものがあるんだし』そう言われましたが、小さく産んでしまった我が子に少しでもという思いでした。

次の日もまた病院へ。
今日はもう保育器から出てるはず。そんな気持ちで病院へいくと…
ほのかはまだ保育器の中です。その様子はいつもと違いました。
びっくりしていると看護婦さんから『本当は今日、保育器をでるはずだったんだけど、黄疸がちょっと出たんで先生から光り治療の指示か出たんです。目に良くないのでアイマスクしてます。でも心配いらないですよ』
そんな説明を聞いていると先生が病室に入って来ました。
『いつもごくろうさま。体調はどうです?うんとね看護婦から聞いたかな?ちょっと思ったよりも黄疸が出てたんで今日はまだ保育器にいます。でも明日には出られると思うから心配しなくていいからね。今日もだっこして大丈夫だから』そう声をかけて下さいました。

このクマ先生はすごくぶっきらぼうというか。すごくサラッとっていうかそんな多少のコトは笑い飛ばしてしまうような先生で私的にはすごく安心出来る先生です。
こちらが聞かない限り必要以上に親を心配させる様なコトも言わなくて本当にこの先生でよかったと思ってます。

だっこしてから2時間くらいいて家に戻りました。

また次の日。
今日こそはそんな気持ちで病室に行くと昨日の説明通り保育器を出て、ようやく産着を着て可愛いベットに寝ていました。
『お母さんちょうど良いところに来たわ。これから沐浴だからやってみる?』そう看護婦さんに言われて産まれてから一週間目ではじめてほのかをお風呂に入れました。
恐かった。落としたらどうしよう。こんなに小さくてほんの少しでも力の加減を間違えたら骨が折れちゃいそうで恐かった。

病院に行く時間が決まった。お昼前の11時を目安に行くとちょうど沐浴なのでその時間から2時間か3時間を病院で過ごすようになった。

おむつを替えて沐浴、だっこしてミルクを飲ませる。そんな毎日だった。

でもなかなか体重が思うように増えてくれない。
そんな不安がありながらも毎日、毎日、病院へ行ってほのかの世話をするのが楽しかった。

2週間が過ぎた頃

いつものように病院へ行くと『ちょうどいいところに来たわ。これから下へ行って検査をするからお母さん一緒に行きましょう』そう看護婦さんに声をかけられた。
ほのかをだっこしてはじめて病室の外へ出た。
この時も恐かった。落としたらどうしようとそんな思いがあった。
眼科の前にいって一緒に中に入ろうとすると看護婦さんに止められた。
『うんとね。お母さんは外の待ち合いにいてくれるかな?中には入らない方がいいからっていうか診察室には私も入れないから』そう言ってほのかを眼科の診察室へを連れて行きました。

少しして中からものすごい声の泣き声が外待ち合い室まで響いてきます。

あっほのかだ!そうすぐにわかりました。何をしてるんだろう。ほのかの泣き声に身体が固まって涙が溢れます。

看護婦さんがほのかを連れて中から出て来ました。その顔がなぜか満面の笑みなのが私には信じられませんでした。
どうして?なんで笑ってるの?あんなにほのかが泣いてたのに?
でも次の瞬間その笑みの意味がわかりました。
『あららお母さん』泣いている私を見て看護婦さんが声をかけます。
『心配いりませんよ。ほのかちゃんの目には異常はないそうです。未熟児網膜症の心配もないから、ちゃんと見えますよ』

あぁだから看護婦さんは安心して笑っていたんだ。よかった。これでまたひとつ未熟児で産まれた事の心配は消えた。



 授かった命14(ママの退院)
2006年02月13日 (月) | 編集 |
これから『授かった命14』をお読み頂く方へ
この『授かった命』は私の妊娠初期からの経過を綴ったものですので『授かった命1』から順にお読み頂く事をお勧めします
こちらから..お読みになって下さいm(_ _)m




次の日から午前と午後そして夕方とほのかに会いに行くのが日課になった。

ほのかに会いに来ながら間に、おっぱい教室や沐浴教室などに出る。

どのお母さんも赤ちゃんが一緒…
ちょっぴり淋しいけどそれでも退院してからじゃ遅いから一緒にお勉強しました。

3日目にほのかに会いに行った時看護婦さんに
『お母さん母乳は出ます?』と突然聞かれた。
思わず下向いて『いえ…それがなかなか出ないんです…』そう答えると
『そうか~でももしもほんの少しでもいいから出るようなら産科の看護婦さんに話して取ってもらえないかな?やっぱり初乳はあげたいでしょう。母乳が一番だから頑張って』そう言われました。

入院が長くてマッサージもおっぱいの手入れもお腹に良くないと禁止されていた私は本当になかなか出てくれません。産科の看護婦さんがマッサージをしてくれてそれでもほんの何滴かしか出ない。そのマッサージも痛くて痛くて悲鳴をあげながら頑張ってるのに…

そうしてこうなんだろう…せっかくほのかも頑張ってるのに私は何もしてあげられない。おっぱいすらも満足に出ないなんて…ごめんね本当にダメな母親だよね。そうマッサージをしながら泣きました。そのおかげかなんとか少しずつ出てくれるようになりました。
そして4日目、小児科の看護婦さんにほんのわすがなんccかの母乳を渡しました。

『お母さん頑張ったんだね。じゃ赤ちゃんにあげてみる。』
そういって準備をはじめました。はじめてほのかにミルクをあげた瞬間です。
でも普通に哺乳瓶であげるわけではありません。

はじめに前に飲ませたミルクを管に注射器をつないで吸い出します。なんcc消化したかを確認してお薬を飲ませ、また吸い出します。そしてようやく注射器にミルクを入れて管からほのかにそうっと飲ませます。ゆっくりと負担にならないように。保育器のガラス越しに飲ませました。
たぶん誰にも想像も出来ないと思います。
なぜ注射器なのか?どうして前のミルクを吸い出すのか?
その時は夢中であげましたが落ち着いてから看護婦さんに訪ねました。
『どうして注射器なんですか?なぜ前のミルクをわざわざ吸い出すのですか?』
『ほのちゃんはまだどうしてもミルクを自力で吸うだけの力がないんです。だから管を通して飲ませてあげるんです。だから注射器を使うんですよ。前のミルクを吸い出すのは、どれくらい消化したか確認するのと、胃の中に前のミルクが残ってるのに新しいの飲ませてしまうとそれだけ負担が掛かるからです。まだ自分でお腹がいっぱいって言えないしげっぷも出来ないから空気も出せないでしょう?そうすると空気も胃に入らないようにしないとね』そうていねいに答えて下さいました。

そうか…ほのかはまだ自力は無理なんだね。でもそれでほんの少しでも消化してくれれば安心だもんね。先生に看護婦さんに任せようそう思いました。

次の日、私が退院です。
何ヶ月振りかの我が家です。午前中に旦那さんが迎えに来ました。
ほのかに会いにいってまた明日ねとカンガルーだっこをしてから帰途につきました。

後ろ髪をひかれる思いです。どうして私だけ退院なんだろう。どうしてほのかをおいて行かなくてはいけないんだろう。
先生やナースセンターにお礼をいって病院をあとにする時に涙が溢れて止まりませんでした。
旦那さんは『先生にまかせておけば大丈夫だよ。泣くな』そう言ってくれます。
わかってはいるんです。わかっていても涙が止まらないんです。
そんな時に旦那さんがラジオをかけました。
そこから流れてきたのはZARDの『負けないで』が流れて来ます。
この先この歌が私をいつでも励ましてくれました。
何度も泣いて泣いて、でも頑張ろうと思う時にいつもこの歌を口ずさんで…

家に帰っておばぁさんに挨拶をしてその日はそのまま横になりました。

夜中胸の痛みで目が覚めます。
入院中はそんな事なんてなかったのに…
胸が…おっぱいが痛くて寝られない程に張っていたんです。
まるでほのかが傍にいない事がわかっているように…私はほのかを恋しいと思っている事がわかっているように…
胸が張って痛くて痛くて寝られない夜でした

 授かった命(番外編1)
2006年02月02日 (木) | 編集 |
ここまでに掛かった費用と私が勤めていた会社の対応などを書いてみようかと思います。

まずは費用ですが

12月ー78000円
手術が2回と入院が14日間。その間に点滴が毎日と抗せい剤にカンジタの治療食費込みです
1月ー185000円
入院31日。治療その他は12月と同じです。
2月ー170000円
入院28日。治療その他は12月と同じです。
3月ー78000円
入院14日。治療の他に緊急処置。お産セットなど
以上が個人病院にお支払いした分です。

3月ー保険適用67000円(10日分)出産費用として353000円(5日分)

ほのかの入院費
3月24日から4月14日ー6800円
(これは未熟児医療の公的手続きをしてかかった費用に対しての収入による計算に基づいて保健所から後日請求が来ました。
もしもこの手続きを行わなかった場合には150000円相当の請求があったものと思います)

私にかかった入院費および出産費用の総額931000円

ほのかが6800円

両方を合わせると937800円の費用がかかりました。

普通に考えて子供を出産する2人分の費用となります。


私はフルパートをしていたおかげで自分の社会保険を使用することが出来ました。
会社の方でもそれでいいと言って下さった総務の統括マネージャーのおかげです。

もともとグループ会社で社会保険も親会社がまとめてあつかっていた為にかなりいい待遇で処理していただけました。

自費の食費以外は月6万を限度として後日過剰分は返金され、出産にあわせて2月までの休みを傷病と認定してその分の手当てを1年間の給料平均の6割、特別手当てとして+2割、合わせて8割の傷病手当てを頂きました。

産休に関しても割り合いは同じで産休手当て6割に特別手当て2割の計8割
だたこの産休に関しては3月分からの計算として前が23日。あとが8週分となりました。
出産一時金30万です。


傷病手当ては4月はじめに残りに関しては、これら保険が適応した月から3ヶ月後に支払われる形になりました。
産休の分は別としても傷病と保険、出産一時金合わせて75万のお金が会社の保険によって私に支払われる形になりました。

もともとが大きい会社ですから厚生福利がしっかりしていたおかげだと感謝しています。

出産後は産休が終わると同時に有給の消化をして退職という形になりました。
これがその時の上司と統括マネージャーのおかげだと感謝しています。同じ会社でも有給を処理させずに退職させる方もいらっしゃいますので…

この後は職安に子育ての為の就職一時停止の届けでを出して2年間そのままにしたのちに、解除の手続きをしてその月から雇用保険を頂きました。これもたしか3ヶ月分で25万くらい頂きました。

まぁこう考えると実際にお産に掛かった費用は保険の戻りを考えると29万くらいですが、これは後になって戻ってきました。
病院の支払いは待ったなしですからその時に自腹を切ってでも一度は支払わなければいけません。
旦那にはすごく迷惑をかけました。
出産費用の50万はありましたがそれ以外は貯金を崩し生活を切り詰めてくれた様ですから。
ここだけの話ですが…旦那にはこんなに会社から戻って来たとは話をしていません(^▽^;)
一時金や傷病手当ては話してありますが、産休分がけっこう戻って来た事を知りません。
でもそれは自分の為でなく赤ちゃんの為に使ったことだけは言えますよ。
あとはお祝返しとその後のお宮参りにお食いそめなどの費用に廻りました。
入院のお見舞いも頂いていたのでその分は別に返す事になりましたので…


お金の事で俗的ですがこんな感じの決算でした。

 授かった命13(先生の説明)
2006年02月01日 (水) | 編集 |
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夕方、書類の準備が終わって提出して来た旦那が戻って来た。

『出して来たぞーなんか役場でかなり時間かかった。ほのかの想が辞典に乗ってるか調べるのでさーあて字だからしかたないけど…これでそう読むんですか?とか聞かれたよ。あと言われた手続きも終わったから』
『そうかならよかったよ。』
『あと役場で今日産まれたのに今日もう出すんですか?ってあんまり早いから驚いてたよ』
『あははそりゃそう思うかもね。朝産まれて昼からは出生届だもんね。まぁいいじゃんか名前はとうに決まっていたんだから』

そんな話をしていたら小児科の○○先生がやってきました。

『こんにちわ、体調はどうですか?昼間、赤ちゃんに会いにいらしたようですね。』
『はい…あの…どうなんでしょうか?』
『うん?どうって?』
『赤ちゃんです…やっぱりなにかあるんでしょうか?』
『それですね。その説明で来ましたよ。外様的な奇形は一切見られませんでした。でもやはり32週の出産は早いですからこれから検査も必要になるでしょう。それで異常がなけれは2300gを越えた時点で赤ちゃんの退院となります。今はやはり体温調節がうまく出来ていないところかな?あとはこれから検査してだね。でも自発呼吸があったからそれだけでもよかったですよ。一週間は保育器にいる事になりますが状態をみて早く出すか?もう少し入るか?かな今はなんともいえないから、他に科の先生にも検査を依頼することになりますので。じゃまた赤ちゃんに会いに来て下さいね。お母さんがだっこするのが赤ちゃんにとって一番の成長の助けと安心に繋がりますから』
そう言って出て行かれました。

『すぐにはわからないんだね…ほのにはいっぱい線や管が付いてたよ。私のせいだね…私の…』
『そうだな、先生に任せるしかないな、しっかしあの先生はクマに似てるな。これからクマ先生って呼ぶか?』そう言って旦那は私を笑わせようとしてくれていました。

その後、旦那に付き添われてほのかに会いに行きました。

看護婦さんは他の赤ちゃんの世話をしていました。

やっぱりほのかを見ると涙が溢れます。

『ほのか…ごめんね』そう言うと看護婦さんが
『あらぁもう名前が付いてるの?ここに来た赤ちゃんでは一番早いはね』と微笑んでほのかの保育器によってきました。

『赤ちゃんだっこしますか?』
予想もしない看護婦さんの言葉です。
『いいんですか??』
『ええカンガルーだっこというのがあってね。こういう風に未熟児で産まれた赤ちゃんをお母さんが素肌にだっこして赤ちゃんの成長の助けをする治療法というか方法があるの。だからもしよかったらその上着を脱いで赤ちゃんだっこしましょう』そう言ってほのかを保育器から出してくれました。
言われた通りに上半身裸の状態でほのかを胸にだっこします
産まれて初めてほのかをだっこした瞬間でした
小さくて軽くて壊れそうな赤ちゃんでした
こわごわとだっこします。

『こわいなぁ~でもかわいいね』そう旦那に声をかけます。
旦那はカメラをかまえてその瞬間を撮ってくれていました。

5分程だっこして看護婦さんに声をかけて保育器に戻してもらいました。

『あらぁ~さっきまで少し体温が低かったのにたった5分おかあさんがだっこしただけで上がってる。やっぱりお母さんの力はすごいわね』そう言っていました。
そうなんだ。こういう事なんだ。だから直接お母さんがだっこするんだ。

その感動を胸にその日は眠りにつくことが出来ました

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