2000年春に2058gの未熟児で産まれた我が娘もピッカピッカの一年生になりましたy(^ー^)y 笑いあり涙あり、感動あり時には激怒ありの飼育日記です
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 大当たり!!
2006年02月28日 (火) | 編集 |
なんと懸賞に当たっちゃいました!!


☆d(o⌒∇⌒o)b ★イエーイ★ d(o⌒∇⌒o)b☆


最近ネット懸賞やオークションにハマっていまして…
今回の懸賞も忘れてました(^▽^;)

電話で発送の確認が来てわかった訳です。

当たったのは『エステキューズ』の15000円券です。
なんとエステの3時間フルコース無料になるんだってv(=∩_∩=) ブイブイ!!

その後勧誘がない事、会員になる契約がない事などを確認はしましたよ。
だって一回の無料でその後契約じゃぁね~

ということで3月7日にエステ受けてきます~

つい先日はUPこそしませんでしたが日清のカップヌードルが当たったり黒酢が当たったりしてました。

本当には現金が当たってくれたら嬉しいけどね
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 ディクレシア(学習障害)
2006年02月27日 (月) | 編集 |
この言葉を聞いた事がある方がいらっしゃるでしょうか?
ディクレシア(学習障害)という言葉を
最近でこそ多動症や自閉症に理解が示されて学校や地域でも受け入れられる事多くなってきましたが…
このディクレシアに対してはまだまだ認識度がなく一度聞いただけでは理解も出来ないし、見た目に関しては他の子供となんら変わりがないので理解されにくい障害です。
まして障害認定を受けられない障害なんです。
実は私の友人の1年前にお子さんがこのディクレシト診断されました。
まだまだ認知度がないだけになかなか学校や行政が動いてくれずに大変に御苦労なさいました。
もしもほんの少しでもこのディクレシアについて知識があれば無用な差別やいじめも起きないでくれるのではないか?そう考えました。
      
以下の参考文書はhttp://www.geocities.co.jp/HeartLand-Cosmos/1307/『ゆずりは』からの引用させて頂きました。



               ■「LD(学習障害)」■
        
                     
 
   
                 参考文献:子どものためのバリアフリーブック8
                  「LD(学習障害)の子どもたち」   大月書店
                    茂木 俊彦監修・上野 一彦編集・稲沢潤子=文
                             刊行年:1998年11月24日
                  「ぼくのことわかって」 朝日新聞厚生文化事業団
                   「きみといっしょに」       〃     


 LDとは、「Learning Disabilities」の頭文字を取ったもので、日本では「学習障害」と通常は翻訳されています。

 「障害」というと重く感じられてしまいますが、LDの子は知的発達の面ではあまり遅れていないのが普通です。「読み取ることが苦手」「聞き取ることが苦手」「運動が苦手」「不器用」など、ある特定の分野だけ落ち込みが目立つのが特徴です。
割合的に、クラスに一人はいると言われています。(男女別に見ると男の子の方が多く、約4:1です)文字が読めても、文章から意味が読み取れなかったり、漢字のへんとつくりが逆になってしまったり、 聞かれていることと別のことを答えてしまったり、紙をまっすぐ切れなかったりします。

 LDと呼ばれる子どもは、「聞く」「話す」「読む」「書く」「計算する」「推論する」などの、学習に必要な部分に基礎的なつまづきがあると言われています。

 「なぜこんな当たり前のことができないのだろう?」「なぜこんな簡単なことがわからないのだろう?」「やる気がなくてふざけているのでは?」「家庭のしつけが悪いのでは?」など、障害が軽微で健常の人と違和感がないだけに周囲の理解も難しく、不当に高い要求をされ、本人も家族も苦しむ場合があります。

 LDの子はできないのではなく、他の子と同じやり方で教わっても理解しにくいとのこと。

 LDを診断することは差別をするためではなく、具体的にどの部分でつまずいているのかを理解し、その子に合った勉強の仕方、教え方を考えるために大切だと言われています。
(なまけていたり、注意不足だったりするのではないこと、どうしてそうなるのか原因をはっきりさせ、回りの人に正しく理解してもらうためにも必要)

 また、LDの子は、友達と同じように行動できなかったり、勉強でつまずく面を持っているため、自信を失ったりいじめられたりすることも多いようです。それらの二次障害とも言うべきものには特に気を付けてあげる必要があります。

 LDの子ども達に対するケアとしては、通常学級にいながら「言葉の教室」や「情緒障害通級教室」に通って(通級と呼ばれる制度)苦手な部分をフォローしてもらうやり方や、通常学級の中でティームティーチング(T・T)を組んでフォローするやり方などがあります。
(普通学級にいる軽度発達障害児(LD・ADHD・アスペルガー症候群・高機能自閉症)の存在がクローズアップされるにつれ、文部科学省も従来の「普通教育」と「特殊教育」という2分割の形から、普通学級に居ながら特別支援教育が受けられることも含めた、より柔軟な方向に見直しが進められているようです。2003年3月に、文部科学省から「今後の特別支援教育の在り方について」最終報告が出されました。
非常に画期的な内容が多く含まれていますので、こちらからご一読をオススメします。)

【豆知識】
 アメリカ・ハリウッドの世界的映画スター、トム・クルーズは、子どもの頃LDだったことでよく知られています。トム・クルーズは、bとd、pとqの区別がつかず、また行をとばすなどして教科書がうまく読めなかったそうです。高校までLDのための学級に入って努力を続けていたとのこと。
 彼は現在LDの子供たちの教育施設のためにさまざまな支援を続けているそうです。
    (子どものためのバリアフリーブック8「LD(学習障害)の子どもたち」大月書店より)



少しはわかっていただけたでしょうか?

ディクレシアに限らず、いろいろな障害の知識をほんの少しでもいい持つだけでいいと思うんです。そのほんの少しの知識があるだけで障害に対する考え方や接し方、相手に対する見方などが全然変わってはきませんか?
古い友人のお子さんは多動症と認定されましたし、別の友人は自閉症と診断されて幼児期から専門の学校へ通っていました。
がふたりとも小学校は健常児と一緒に同じ学校に通っています。
それは沢山の協力者の方、学校と行政の理解によるもの家族の努力だと思います。

認定されるものだけが学校や行政の対象になるわけではないと思うんです。認定されない障害で苦しんでいるお子さんや家族は沢山いるんです。
そこを学校や行政にわかってほしいと思うし、もしも自分のまわりにそのようなお子さんがいたとしたら普通になんら他のお子さんと変わらずに接して欲しいと思います。


~追記~
文中に不適切な言葉がありました場合は深くお詫びいたします。




 レンタル
2006年02月25日 (土) | 編集 |
今日はレンタル衣装やさんへ行って来ました。

卒園式に着せる袴を借りに行ったんです。

幼稚園というとどこでも制服があるものですが、私の町の幼稚園は今年から制服は廃止になたんです。
でも娘達の年代までは制服があってそれで入園式に出ているので卒園式も最後だから『制服』でという声もあがりました。
たぶんそうなるかも?という思いもあったので幼稚園から最終的な通知があるまでは準備するのは待ってました。
ようやく幼稚園から通知がきて卒園式の日付けと当日の服装は自由と書いてあったのでさっそく今日貸し衣裳屋さんへ行って来た訳です。

着物は実家の母が娘が産まれた時に祝い着として準備してくれたのがあるので袴のみのレンタルになります。
だってお宮参りと3歳の七五三に2回着ただけで勿体ないんですもん(^▽^;)
きっと来年の7歳の時には着れなくなってしまいそうだし、着せるなら今がピークみたい。
実際に合わせても今でいっぱいいっぱいです。

着物をもっていった方が合わせやすいので持参して合わせました。
はじめは紺か?紫の無地が無難かも?と言われてお店の方もそちらを出して合わせたんですがいまいちピンと来ない。
赤や朱の矢がすりは着物の色とぶつかってうるさいしどうしようか悩んでいたら別の方が黒にグレーの矢がすりを合わせて下さいって



これだー!!


って思ってそれに決めました。
着付けや髪はOKなのでこれで卒園式はバッチリですv(=∩_∩=) ブイブイ!!

入園式も洋服はもう準備してはあるんですが…まだまだどうしようか?悩み中です。
どうせならこんな田舎で誰も着ないような洋服がいいんだけど…なにせ高いからね~
ママのスーツはイオンで19800円なのに娘の洋服は…ネットオクでも3万はする(;´Д`A ```
さてどうしようか時間はまだあるのでもう少し考えます

 ことばの教室
2006年02月22日 (水) | 編集 |
実はほのかは未だに幼児語と幼児音が抜けていない
ずっと気にはなっていたし、年少の時には担任の先生にも相談をしていた。
その時に『年長になると学校前の発音チェックがあるのでその時まで待っても遅くないですよ』と言われていた。
10月のチェックの時に経過観察児という事で昨日改めて再チェックに学校の行って来た。

ことばの教室は同じ町内の他の小学校内にあるために指定された時間までいってそこで見てもらう事になった。

少し年配のおだやかそうな女性に先生でシートを見せながら書いてある絵を答えさせる。その時の唇、舌の使い方、発音の仕方などをチェックしての検査になる。

30枚ほどのシートを読み上げてその後お話となった。

『お子さんはきっと早くお話がしたくて口や舌の動きがそれに追い付いてこない。その為に耳で覚えた発音でしゃべってしまう。だからきちんとした発音にならないんですね。幼児音の原因はそれでしょう』と先生がほのかの様子をみて話されました。
『そうですか。お話をする時はゆっくりしゃべりなさいと注意して言い直しもさせるのですが…』というと
『お母さんそれは難しいですよ。だって沢山お話がしたいんですもの、落ち着いて話せるようになるにはもう少し時間がかかるでしょう。でも頭の回転や理解力はかなりありますね。驚きました。さっき私に(先生何が聞きたいの?)と言ったでしょう。あれはその前に私が絵の中の色を聞いた為に次の絵にも色がついていた。先生は色が聞きたいのか?絵そのものを聞きたいのかと瞬時に考えたから出た言葉なんです。だからきっと頭の能力と成長がうまく噛み合っていないだけなんですね』
そうほのかの様子を見ながら説明をしてくれました。
『じゃこれから先にどんな事をしていけばいいんでしょうか?』と聞くと
『きちんとした口や舌の使い方を覚えさせるの一番です。3年生くらいまでに覚えておなれば安心です。ただ3年生でなおらなけれがそのままになるでしょう。今の様子から見れば早い段階で改善されると思います。ここへ通って来ることも可能ですし、自然にまかせるという方法もあります。言葉の教室は強制ではありませんから』

いろいろな事を先生に聞いた。
疑問に思う事、もしもここへ通う事になった時の事

旦那さんはほのかの子守りをしていたの、とことこういう事に関しては私に一任する人なので一切余計な口は挟まなかった。

言葉はとても大切なものだと思う。小学校に入ってこの先はやく改善されればいいけれど、自然のまま何もしないでおくよりももしも私が週に一度送り迎えをする事ではやく改善されるのであればそれに越した事もない。
先生も問題点が今、指摘したものだけであれば早くて1学期中にもおなるだろうと話していた。もしもこの他にも問題があったとしたら…でもそれもここへ通う事で見つかり、改善の方法もあり多少の時間がかかったとしてもそれも改善されるだろう

いろいろな考えが私に頭を駆け巡った。
そして『私の休みとこちらへの通園がうまく合うのであればお願いしたいと思います。火曜か金曜であれば放課後こちらへ来る事は可能ですので』そうお願いしていた
『そうですか。火曜日の申し込みはまだありませんから、火曜でしたら大丈夫ですね。5時間授業となるので2時50分かな?それでいいですか?』
『はい。私の休みとあえば大丈夫ですからそれでお願いします』そう頭を下げた。
『わかりました。先ほども話したようにほのかちゃんの場合はもしもこれ以上の問題がなければ1学期中もしくは1年生のうちに終わると思います。ただ言葉の教室は強制ではなくあくまでも希望によるものなのでもしも親御さんがこれでいいと打ち切りを申し出られたらそれで止める事も可能です。ほのかちゃんの様子をみながら新学期からやって行きましょう。管轄は教育委員会ですのでそちらに申し込みをして頂いて、その後詳しい事や授業の曜日と時間はお知らせします』

30分ほどで再チェックは終わった。

気持ちのどこかにやっぱりほのかの発音や口の使い方に疑問があった私はすんなりとことばに教室へ通わせる事にした。
旦那さんとも帰りの車で話をしたけれど旦那さんは『ほのかにとっていいなら通わせればいい。』とそれだけであとは任せると言ってくれた。

10時過ぎに幼稚園に送って行って担任の先生にことばの教室で言われたことを伝えて4月から通わせることも伝えた
『そうですか。通わせる事にしたんですね。でも早くやれば早く治りますからね。中にはそういう事をすんなり受け入れられない親御さんもいますから。よかったですよ』と言って下さいました。

いろいろな考えもある。やはりことばの教室と聞くと『なぜ?』『どうして』『うちに子にかぎって』と思うのだと思う。
偏見をもってみる人もいるのかもしれない。
私達、親が気付かないことでも専門科の人が見ればおかしいと思う事がある。親が気付かない分、普段は気にしない分、専門科であれ他人の指摘はいやなのかもしれない。
担任の話を聞いてそんな風に思った。



 授かった命15(退院までの道のり1)
2006年02月16日 (木) | 編集 |
これから『授かった命15』をお読み頂く方へ
この『授かった命』は私の妊娠初期からの経過を綴ったものですので『授かった命1』から順にお読み頂く事をお勧めします
こちらから..お読みになって下さいm(_ _)m


退院の時、看護婦さんからくれぐれも無理をしないように言われた。
入院中から貧血で治療も受けていたし、出産後のエレベーター事件もあるので退院前に検査を受けてひどい貧血だから絶対に無理しないように釘を刺されて来た。

でも家でじっと寝ていると頭がおかしくなりそうだった。
朝、旦那さんが出かける前にも『無理しないで寝てろよ。帰ったら連れていってやるからさ』と言われていた。

お昼前…布団の中でまた胸が張って痛くなる。2~3時間置きに痛みがある。
まるでほのかのミルクの時間を私に教えているようだった。

ひとりでマッサージを搾乳をしながら涙が溢れた。
私なにしてんだろ?どうして会いにいかないんだろ?
そう思うと夕方まで待っていられない。すぐに搾乳したミルクを持って病院へ出かけた。

病院に着くとほのかはまだ保育器の中にいた。
ミルクを看護婦さんに渡してカンガルーだっこをした。しばらくすると大きな機械が部屋にやって来た。
『おかあさんちょっとだけ赤ちゃんをお借りしますね』
そう言われて部屋の外に出るように指示された。
どうしたんだろう?あんな赤ちゃんにレントゲンなんて…
まっているつもりでいましたが立っているのもようやくの状態で仕方なく体調がひどくならないうちに家に戻る事にしました。
夕方、旦那さんが帰って来て
『病院へ行くか?』と声をかけられましたが起きあがれなくてそのまま寝かせてもらいました。

家で4時間置きにおっぱいマッサージをして搾乳をして冷凍保存したミルクを持参していきます。
なかなか沢山は出なくておっぱいのまわりは痣になっていました。それでも少しでも母乳を飲ませたいと頑張ってました。
旦那さんには『あまり無理すんなよ。今は粉ミルクもいいものがあるんだし』そう言われましたが、小さく産んでしまった我が子に少しでもという思いでした。

次の日もまた病院へ。
今日はもう保育器から出てるはず。そんな気持ちで病院へいくと…
ほのかはまだ保育器の中です。その様子はいつもと違いました。
びっくりしていると看護婦さんから『本当は今日、保育器をでるはずだったんだけど、黄疸がちょっと出たんで先生から光り治療の指示か出たんです。目に良くないのでアイマスクしてます。でも心配いらないですよ』
そんな説明を聞いていると先生が病室に入って来ました。
『いつもごくろうさま。体調はどうです?うんとね看護婦から聞いたかな?ちょっと思ったよりも黄疸が出てたんで今日はまだ保育器にいます。でも明日には出られると思うから心配しなくていいからね。今日もだっこして大丈夫だから』そう声をかけて下さいました。

このクマ先生はすごくぶっきらぼうというか。すごくサラッとっていうかそんな多少のコトは笑い飛ばしてしまうような先生で私的にはすごく安心出来る先生です。
こちらが聞かない限り必要以上に親を心配させる様なコトも言わなくて本当にこの先生でよかったと思ってます。

だっこしてから2時間くらいいて家に戻りました。

また次の日。
今日こそはそんな気持ちで病室に行くと昨日の説明通り保育器を出て、ようやく産着を着て可愛いベットに寝ていました。
『お母さんちょうど良いところに来たわ。これから沐浴だからやってみる?』そう看護婦さんに言われて産まれてから一週間目ではじめてほのかをお風呂に入れました。
恐かった。落としたらどうしよう。こんなに小さくてほんの少しでも力の加減を間違えたら骨が折れちゃいそうで恐かった。

病院に行く時間が決まった。お昼前の11時を目安に行くとちょうど沐浴なのでその時間から2時間か3時間を病院で過ごすようになった。

おむつを替えて沐浴、だっこしてミルクを飲ませる。そんな毎日だった。

でもなかなか体重が思うように増えてくれない。
そんな不安がありながらも毎日、毎日、病院へ行ってほのかの世話をするのが楽しかった。

2週間が過ぎた頃

いつものように病院へ行くと『ちょうどいいところに来たわ。これから下へ行って検査をするからお母さん一緒に行きましょう』そう看護婦さんに声をかけられた。
ほのかをだっこしてはじめて病室の外へ出た。
この時も恐かった。落としたらどうしようとそんな思いがあった。
眼科の前にいって一緒に中に入ろうとすると看護婦さんに止められた。
『うんとね。お母さんは外の待ち合いにいてくれるかな?中には入らない方がいいからっていうか診察室には私も入れないから』そう言ってほのかを眼科の診察室へを連れて行きました。

少しして中からものすごい声の泣き声が外待ち合い室まで響いてきます。

あっほのかだ!そうすぐにわかりました。何をしてるんだろう。ほのかの泣き声に身体が固まって涙が溢れます。

看護婦さんがほのかを連れて中から出て来ました。その顔がなぜか満面の笑みなのが私には信じられませんでした。
どうして?なんで笑ってるの?あんなにほのかが泣いてたのに?
でも次の瞬間その笑みの意味がわかりました。
『あららお母さん』泣いている私を見て看護婦さんが声をかけます。
『心配いりませんよ。ほのかちゃんの目には異常はないそうです。未熟児網膜症の心配もないから、ちゃんと見えますよ』

あぁだから看護婦さんは安心して笑っていたんだ。よかった。これでまたひとつ未熟児で産まれた事の心配は消えた。



 1日入学
2006年02月14日 (火) | 編集 |
今日は昼から1日入学で小学校に行って来ました。

子供は教室で先生と絵を書いたり歌を歌ったりして時間を過ごし、父兄は入学にあたっての説明や学校側の教育姿勢などを聞いて来ました。

が…ここで困った親がいたもんだ(-"-;)

先生方がいろいろな説明をしたのが1時間半近くあったのだが、その間ずーっと話をしている馬鹿親が居た。こっちはやはり入学にあたっていろいろな事が聞きたいし説明も聞きたい訳で、この馬鹿親がずーっとしゃべってるおかげで音声多重状態。もう後半は苛々しっぱなし。まわりに親も注意しろよーーー凸(-_-メ)
こっちは離れてるからわざわざ言う訳にもいかないし、こういう馬鹿な父兄と9年間一緒かと思うと嫌になるよ。

入学児童は45人。うち幼稚園組みが36人。保育園組みが7人他が2人らしい。
幼稚園組みはクラスが違っても顔見知りだし話もした事があるからいいんだけどね~やっぱり保育園組みが恐かった・・・(゜_゜i)タラー・・・
うちらを見る目が違うんだよね。なんとも説明のしようがないんだけど…

本当は保育園に入れたかったんだけど、入所の時点では仕事が決まってなくて仕事が決まってから慌てて申し込んだらアウトだった(泣)ゆえに託児所にお願いした。これが2歳の時。
幼稚園も悩んだんだけど託児所の先生の助言があって入園を決めたんだよね。『同じ学校に行くのなら幼稚園から一緒のほうが子供にとっていいだろう』って言われてもしもそれがなかったらたぶんそのまま託児所に通ってたと思うから。
今思えば、先生に感謝ですね。個人でやってる無認可の託児所なのに利益を考えずに子供優先に考えて幼稚園を勧めてくれたんだからね。

説明の後は備品の購入です。
体操着と文房具やピアニカなどを購入。体操着は大きめでいいよねと他のママ達とも相談してワンサイズ大きめにしました。
文房具につけるお名前シールはワンシート学校側から頂きました。足りない分はこれからネームランドで作ります。
このお名前シールが大変だからこれから少しずつやっていかないとね。

4月から小学校

これから本格的に入学準備にとりかかります

 授かった命14(ママの退院)
2006年02月13日 (月) | 編集 |
これから『授かった命14』をお読み頂く方へ
この『授かった命』は私の妊娠初期からの経過を綴ったものですので『授かった命1』から順にお読み頂く事をお勧めします
こちらから..お読みになって下さいm(_ _)m




次の日から午前と午後そして夕方とほのかに会いに行くのが日課になった。

ほのかに会いに来ながら間に、おっぱい教室や沐浴教室などに出る。

どのお母さんも赤ちゃんが一緒…
ちょっぴり淋しいけどそれでも退院してからじゃ遅いから一緒にお勉強しました。

3日目にほのかに会いに行った時看護婦さんに
『お母さん母乳は出ます?』と突然聞かれた。
思わず下向いて『いえ…それがなかなか出ないんです…』そう答えると
『そうか~でももしもほんの少しでもいいから出るようなら産科の看護婦さんに話して取ってもらえないかな?やっぱり初乳はあげたいでしょう。母乳が一番だから頑張って』そう言われました。

入院が長くてマッサージもおっぱいの手入れもお腹に良くないと禁止されていた私は本当になかなか出てくれません。産科の看護婦さんがマッサージをしてくれてそれでもほんの何滴かしか出ない。そのマッサージも痛くて痛くて悲鳴をあげながら頑張ってるのに…

そうしてこうなんだろう…せっかくほのかも頑張ってるのに私は何もしてあげられない。おっぱいすらも満足に出ないなんて…ごめんね本当にダメな母親だよね。そうマッサージをしながら泣きました。そのおかげかなんとか少しずつ出てくれるようになりました。
そして4日目、小児科の看護婦さんにほんのわすがなんccかの母乳を渡しました。

『お母さん頑張ったんだね。じゃ赤ちゃんにあげてみる。』
そういって準備をはじめました。はじめてほのかにミルクをあげた瞬間です。
でも普通に哺乳瓶であげるわけではありません。

はじめに前に飲ませたミルクを管に注射器をつないで吸い出します。なんcc消化したかを確認してお薬を飲ませ、また吸い出します。そしてようやく注射器にミルクを入れて管からほのかにそうっと飲ませます。ゆっくりと負担にならないように。保育器のガラス越しに飲ませました。
たぶん誰にも想像も出来ないと思います。
なぜ注射器なのか?どうして前のミルクを吸い出すのか?
その時は夢中であげましたが落ち着いてから看護婦さんに訪ねました。
『どうして注射器なんですか?なぜ前のミルクをわざわざ吸い出すのですか?』
『ほのちゃんはまだどうしてもミルクを自力で吸うだけの力がないんです。だから管を通して飲ませてあげるんです。だから注射器を使うんですよ。前のミルクを吸い出すのは、どれくらい消化したか確認するのと、胃の中に前のミルクが残ってるのに新しいの飲ませてしまうとそれだけ負担が掛かるからです。まだ自分でお腹がいっぱいって言えないしげっぷも出来ないから空気も出せないでしょう?そうすると空気も胃に入らないようにしないとね』そうていねいに答えて下さいました。

そうか…ほのかはまだ自力は無理なんだね。でもそれでほんの少しでも消化してくれれば安心だもんね。先生に看護婦さんに任せようそう思いました。

次の日、私が退院です。
何ヶ月振りかの我が家です。午前中に旦那さんが迎えに来ました。
ほのかに会いにいってまた明日ねとカンガルーだっこをしてから帰途につきました。

後ろ髪をひかれる思いです。どうして私だけ退院なんだろう。どうしてほのかをおいて行かなくてはいけないんだろう。
先生やナースセンターにお礼をいって病院をあとにする時に涙が溢れて止まりませんでした。
旦那さんは『先生にまかせておけば大丈夫だよ。泣くな』そう言ってくれます。
わかってはいるんです。わかっていても涙が止まらないんです。
そんな時に旦那さんがラジオをかけました。
そこから流れてきたのはZARDの『負けないで』が流れて来ます。
この先この歌が私をいつでも励ましてくれました。
何度も泣いて泣いて、でも頑張ろうと思う時にいつもこの歌を口ずさんで…

家に帰っておばぁさんに挨拶をしてその日はそのまま横になりました。

夜中胸の痛みで目が覚めます。
入院中はそんな事なんてなかったのに…
胸が…おっぱいが痛くて寝られない程に張っていたんです。
まるでほのかが傍にいない事がわかっているように…私はほのかを恋しいと思っている事がわかっているように…
胸が張って痛くて痛くて寝られない夜でした

 ようやく
2006年02月07日 (火) | 編集 |
blogを復活?します(^o^)

先週からの怪獣の水疱瘡と週末のばぁちゃんの一周忌と大忙しでなかなかblogまで手がまわりませんでした(^▽^;)

ばぁちゃんの本当の命日は9日なのですが、みなさんお仕事をしている関係もあって週末に家でやりました。
まだまだ田舎の風習というのが根強く残っている地域なので、前日には和尚さんに家に来て頂いてお経をあげていただくお逮夜というのをやります。この時も法事と同じように兄妹を呼んでお酒やお料理を出してごちそうするんです。
まぁほとんどは仕出し屋さんのお膳を頼むのですがそれだけで済む訳がなく(泣)けっきょくは家でもお煮染めやその他いろいろ作るんです。
この日は午前中に怪獣の病院へ行って帰ってから掃除、祭壇、お料理を夕方までかかりその後はみんなで頂いて片付けをして泊まっていく義理姉の布団を準備まで一日かかりました。

次の日は法事なので朝から祭壇へあげるおだんごやお墓にもって行く花やお菓子の準備をして時間になって和尚さんが来てお経をあげて法事スタート。

その後はお墓に行って会館でお膳をいただて終わりです。

しかし会館から帰っても休めませんよーだってまだ兄妹が家にいるんですもん。
ほどほどにお茶を出して怪獣がうるさいのでそのまま買い物へ逃げました。
その間に兄妹は帰っていかれました。
しかし忙しい二日間でした。
やっぱり嫁は大変です(-。-;)


話は変わりますが…

『ワンピース』のトニートニーチョッパーとか『金色のガッシュベル』のガッシュベル『名探偵コナン』の光彦君の声が変わったことに気付いた人はいますか??
実は先々週に『ワンピース』を見ていて(・・?))アレ((?・・)アレレ・・・と思ってエンディングのテロップと見ると…やっぱり(-_-;)(;-_-) チガウでもたまたま変わったのかな?と日曜のガッシュを見てやっぱり声が違う

っていうかここまで書いていて思ったんですがこの三人、声優さんが一緒ってみなさん知ってます?
幅広く知られているキャラだとポケモンのピカチュ-やおじゃ魔女どれみのハナちゃんの声優さん。

大谷育江さんという声優さんで女優業や歌手業もなさっている売れっ子の声優さんです。

すぐに公式HPをみると体調不良のためにすべての番組を降番していました。

やはり売れっ子さんですから忙しいんでしょうね。声が大切なお仕事ですもんね

私も娘も大好きな声優さんですから御病気を治してまた元気に復帰して欲しいと思います。


 授かった命(番外編1)
2006年02月02日 (木) | 編集 |
ここまでに掛かった費用と私が勤めていた会社の対応などを書いてみようかと思います。

まずは費用ですが

12月ー78000円
手術が2回と入院が14日間。その間に点滴が毎日と抗せい剤にカンジタの治療食費込みです
1月ー185000円
入院31日。治療その他は12月と同じです。
2月ー170000円
入院28日。治療その他は12月と同じです。
3月ー78000円
入院14日。治療の他に緊急処置。お産セットなど
以上が個人病院にお支払いした分です。

3月ー保険適用67000円(10日分)出産費用として353000円(5日分)

ほのかの入院費
3月24日から4月14日ー6800円
(これは未熟児医療の公的手続きをしてかかった費用に対しての収入による計算に基づいて保健所から後日請求が来ました。
もしもこの手続きを行わなかった場合には150000円相当の請求があったものと思います)

私にかかった入院費および出産費用の総額931000円

ほのかが6800円

両方を合わせると937800円の費用がかかりました。

普通に考えて子供を出産する2人分の費用となります。


私はフルパートをしていたおかげで自分の社会保険を使用することが出来ました。
会社の方でもそれでいいと言って下さった総務の統括マネージャーのおかげです。

もともとグループ会社で社会保険も親会社がまとめてあつかっていた為にかなりいい待遇で処理していただけました。

自費の食費以外は月6万を限度として後日過剰分は返金され、出産にあわせて2月までの休みを傷病と認定してその分の手当てを1年間の給料平均の6割、特別手当てとして+2割、合わせて8割の傷病手当てを頂きました。

産休に関しても割り合いは同じで産休手当て6割に特別手当て2割の計8割
だたこの産休に関しては3月分からの計算として前が23日。あとが8週分となりました。
出産一時金30万です。


傷病手当ては4月はじめに残りに関しては、これら保険が適応した月から3ヶ月後に支払われる形になりました。
産休の分は別としても傷病と保険、出産一時金合わせて75万のお金が会社の保険によって私に支払われる形になりました。

もともとが大きい会社ですから厚生福利がしっかりしていたおかげだと感謝しています。

出産後は産休が終わると同時に有給の消化をして退職という形になりました。
これがその時の上司と統括マネージャーのおかげだと感謝しています。同じ会社でも有給を処理させずに退職させる方もいらっしゃいますので…

この後は職安に子育ての為の就職一時停止の届けでを出して2年間そのままにしたのちに、解除の手続きをしてその月から雇用保険を頂きました。これもたしか3ヶ月分で25万くらい頂きました。

まぁこう考えると実際にお産に掛かった費用は保険の戻りを考えると29万くらいですが、これは後になって戻ってきました。
病院の支払いは待ったなしですからその時に自腹を切ってでも一度は支払わなければいけません。
旦那にはすごく迷惑をかけました。
出産費用の50万はありましたがそれ以外は貯金を崩し生活を切り詰めてくれた様ですから。
ここだけの話ですが…旦那にはこんなに会社から戻って来たとは話をしていません(^▽^;)
一時金や傷病手当ては話してありますが、産休分がけっこう戻って来た事を知りません。
でもそれは自分の為でなく赤ちゃんの為に使ったことだけは言えますよ。
あとはお祝返しとその後のお宮参りにお食いそめなどの費用に廻りました。
入院のお見舞いも頂いていたのでその分は別に返す事になりましたので…


お金の事で俗的ですがこんな感じの決算でした。

 授かった命13(先生の説明)
2006年02月01日 (水) | 編集 |
これから『授かった命13』をお読み頂く方へ
この『授かった命』は私の妊娠初期からの経過を綴ったものですので『授かった命1』から順にお読み頂く事をお勧めします
こちらから..お読みになって下さいm(_ _)m



夕方、書類の準備が終わって提出して来た旦那が戻って来た。

『出して来たぞーなんか役場でかなり時間かかった。ほのかの想が辞典に乗ってるか調べるのでさーあて字だからしかたないけど…これでそう読むんですか?とか聞かれたよ。あと言われた手続きも終わったから』
『そうかならよかったよ。』
『あと役場で今日産まれたのに今日もう出すんですか?ってあんまり早いから驚いてたよ』
『あははそりゃそう思うかもね。朝産まれて昼からは出生届だもんね。まぁいいじゃんか名前はとうに決まっていたんだから』

そんな話をしていたら小児科の○○先生がやってきました。

『こんにちわ、体調はどうですか?昼間、赤ちゃんに会いにいらしたようですね。』
『はい…あの…どうなんでしょうか?』
『うん?どうって?』
『赤ちゃんです…やっぱりなにかあるんでしょうか?』
『それですね。その説明で来ましたよ。外様的な奇形は一切見られませんでした。でもやはり32週の出産は早いですからこれから検査も必要になるでしょう。それで異常がなけれは2300gを越えた時点で赤ちゃんの退院となります。今はやはり体温調節がうまく出来ていないところかな?あとはこれから検査してだね。でも自発呼吸があったからそれだけでもよかったですよ。一週間は保育器にいる事になりますが状態をみて早く出すか?もう少し入るか?かな今はなんともいえないから、他に科の先生にも検査を依頼することになりますので。じゃまた赤ちゃんに会いに来て下さいね。お母さんがだっこするのが赤ちゃんにとって一番の成長の助けと安心に繋がりますから』
そう言って出て行かれました。

『すぐにはわからないんだね…ほのにはいっぱい線や管が付いてたよ。私のせいだね…私の…』
『そうだな、先生に任せるしかないな、しっかしあの先生はクマに似てるな。これからクマ先生って呼ぶか?』そう言って旦那は私を笑わせようとしてくれていました。

その後、旦那に付き添われてほのかに会いに行きました。

看護婦さんは他の赤ちゃんの世話をしていました。

やっぱりほのかを見ると涙が溢れます。

『ほのか…ごめんね』そう言うと看護婦さんが
『あらぁもう名前が付いてるの?ここに来た赤ちゃんでは一番早いはね』と微笑んでほのかの保育器によってきました。

『赤ちゃんだっこしますか?』
予想もしない看護婦さんの言葉です。
『いいんですか??』
『ええカンガルーだっこというのがあってね。こういう風に未熟児で産まれた赤ちゃんをお母さんが素肌にだっこして赤ちゃんの成長の助けをする治療法というか方法があるの。だからもしよかったらその上着を脱いで赤ちゃんだっこしましょう』そう言ってほのかを保育器から出してくれました。
言われた通りに上半身裸の状態でほのかを胸にだっこします
産まれて初めてほのかをだっこした瞬間でした
小さくて軽くて壊れそうな赤ちゃんでした
こわごわとだっこします。

『こわいなぁ~でもかわいいね』そう旦那に声をかけます。
旦那はカメラをかまえてその瞬間を撮ってくれていました。

5分程だっこして看護婦さんに声をかけて保育器に戻してもらいました。

『あらぁ~さっきまで少し体温が低かったのにたった5分おかあさんがだっこしただけで上がってる。やっぱりお母さんの力はすごいわね』そう言っていました。
そうなんだ。こういう事なんだ。だから直接お母さんがだっこするんだ。

その感動を胸にその日は眠りにつくことが出来ました

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