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2000年春に2058gの未熟児で産まれた我が娘もピッカピッカの一年生になりましたy(^ー^)y 笑いあり涙あり、感動あり時には激怒ありの飼育日記です
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 授かった命2(最初の試練)
2006年01月15日 (日) | 編集 |
すぐに最初の試練はやって来た。

一週間としないうちにおりものが薄らと茶色になっていた。
すぐに病院へ行った。

案の定切迫流産の徴候がある。

先生は
『この時期の出血はかなりまずいね。とにかくお薬を出すから家で安静にしてね。一週間後にまた来て下さい。もしもこのまま出血が続いたり、痛みがある時にはすぐに来るように』
そう言われました。

泣きながら車を運転して家に帰り、先日の友達に電話をして訳を話すと
『そうなの?なら絶対に動いちゃダメだよ。妊娠中の安静っていうのはトイレ以外は寝てなさいって言うことだから。お風呂もしばらくダメだし、家事なんて絶対にダメだからね』そう言われました。

そこから一ヶ月間は家での安静が始まります。
姑には心配をかけるからと安定期に入るまでは内緒にするつもりでしたがそうもいきません。
旦那に話してもらうと姑はもう知っていた様でした。
『なんか様子が変だとは思った。でもそういうことならとにかく家の事はしなくていいから安静にしてもらいなさい。』そう枕元で言われました。
姑には本当に迷惑や心配をさんざんかけました。
この日から私は離れの自分の部屋から一歩も外へ出ることはありませんでした。
母屋にすら行くことはありません。
なんとか出血は止まり痛みもありません。
一週間後の検診でもまだ心拍の確認が出来なかった為にやはり心拍が確認できるまではこのまま自宅安静が続きました。

そのまた一週間後
ようやく赤ちゃんの心拍が確認できました。
赤ちゃんの成長はいくぶん小さめです。先生はもう少し自宅安静をと言われました。

赤ちゃんがやっぱり小さいんだ…もしもこのまま前のようになったら…
いや今度こそ大丈夫とにかく安静にしていよう。先生が大丈夫とういまでは大人しくしていよう。

一ヶ月後…ようやく先生からOKの声が聞かれました。
『これで一安心。心音も無事に確認できたし切迫流産の危険も無くなった。思いのほか胎児も安定した成長だしこのまま無事に育てば不育症のほうも心配いらないな。』そう言って下さいました。
『ただやっぱりいままでの不育症のことがあるから常に2週間おきの検診でね。4ヶ月を過ぎてもこのままなにもないならもう本当に心配はいらないから』帰りにそう言われて普段の生活に戻りました。
今までは3ヶ月から4ヶ月の境目当たりで流産をしている。とにかくそこを乗り切るまで頑張ろう。そう自分に毎日言い聞かせて過ごしていました。

仕事も無理のない程度にならと言われてフルパートだったのを4時間にしてもらって復帰することになりました。

つわりはあったもののなんとか無事に4ヶ月を乗り越えて赤ちゃんも頑張ってくれました。
そこまではどうにも気持ちが晴れずにまわりもなかなか妊娠を伝えられなくて…この日を境に周りの友人や親戚にも妊娠を報告しました。

これで本当に一安心…もう不育症の心配もなくなってあとは6ヶ月間赤ちゃんをお腹の中で育てて行くだけ

そう思っていたのに…
それは突然、やって来ました。
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