2000年春に2058gの未熟児で産まれた我が娘もピッカピッカの一年生になりましたy(^ー^)y 笑いあり涙あり、感動あり時には激怒ありの飼育日記です
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 授かった命5(孤独の日々)
2006年01月18日 (水) | 編集 |
手術の次の日…

先生の回診…

昨日はよくわからなかった説明をもう一度聞いた。

『昨日旦那さんにもお話ししたけれど、まだ17週だから…この先のことはどうなるか私にもわからない。とくかく安静にして…ただ早く産まれる可能性は高い。その時はうちでは対応出来ないから未熟児医療のある総合病院に転院する事になると思います。あまりに早く産まれた時は…残念さけれど諦めるしかない。24週を超えたとしてもなんらかの障害も覚悟しておいた方がいい…状況が状況だけにいろいろな状況を想定しておいた方がいいね』
そう言われました。

先生が病室を出た後に婦長さんから『うちに先生も諦めないから、○○さんも頑張りましょう』と声をかけられた。

まだ私は自分の状況をいまいち把握できないでいた。
先生の話もどこか他人事の思えた。

年末になり隣のベッドの方が退院されていった。

ひとりっきりの病室

繋がれた輸液の機械と点滴

トイレにさえ自由にいけない

起き上がる事さえ制限されて私はどんどん自分を追い込んで行く

どうして?

なぜ?

私だけがこんな辛い思いをするの?

みんなは普通に妊娠して出産をして赤ちゃんを抱けるのに…

神様なんていない…そう誰も助けてくれないんだ。



年が明けても私はひとりで病室にいた。

カレンダーに毎日×を付けては、『今日で18週と2日目』『今日で18週と3日目』と
毎日毎日、今日も無事に過ごせたと安堵して眠りについた。

友達が何人も見舞いに来てくれた。
旦那も毎日、顔を出してくれる。

私は何ごとも心配がないかのように笑って過ごした。
心とは裏腹に…

11月に出産した友達が散歩の途中だと何度も見舞いに来てくれた。

『早くうちも産まれてこないかな~そしたら一緒に遊ぼうね』そんな会話をしたと思う。

彼女が帰った後に私はいつも泣いていた。
赤ちゃんをみるのが辛かった。でも励まそうとしてくれている彼女の思いが私には逆に残酷に思えた。
彼女や赤ちゃんを恨んでも仕方ないとわかっていても恨まずにはいられなかった。
逆恨み…まさにその通りだった。それでも彼女が来てくれた事は私には頑張ろうという励みにもなっていた。

隣のベッドは人が入れ代わりが多かった。

なかなか仲良くなるまでにならない。どの人も安心して退院して行く。

私はいつもひとりで取り残される…


20週をようやく超えた。

あともう少しだ…24週までもう少し…


そんな時、私は婦長の一言で落ちた。

そのきっかけはこんな会話だったと思う。

『早く産まれるのは覚悟しちゃいけないなら出来たら早いうちに○○病院に転院はさせてもらえないんですか?その方が安心なんだけど?』

『今の○○さんの状況じゃどこも引き受けてくれないわーうちに先生だから2回も手術してくれたけど…他の先生じゃ諦めてるわよ。うちだって保険の患者さんに長くベッドを使われるよりも本当はね~でも先生も頑張ってくれてるし、何よりも赤ちゃんには何も問題もなく育ってるんだけどねー。○○さんの身体がね~とにかく今は安静ですよ』とこんな返事が婦長さんから返って来た…


えっ?婦長さん何言ってるの?保険の患者?私は邪魔な患者なの?
どこも引き受けてくれないって?赤ちゃんは諦めなきゃダメなの?
そんな事が頭を駆け巡っていきました。

旦那が来た時にこの話をしました。旦那はすぐに先生のところへ苦情に行っています。

そのせいか?後から婦長さんは軽卒な事を話したとお詫びには来ましたが…

もう私にはそんな言葉は聞こえませんでした。



私は邪魔なんだ。この病院にいちゃいけないんだ。赤ちゃんだって私がこんな身体だから苦しい思いをいるんだ。全部私が悪いんだ。赤ちゃんはちゃんと育っているのに…私が…私が…
毎日、毎日そんな事ばかり考えていました。

いままでよりも更に自分を追い込んで行きます…

ノイローゼ?鬱?
そんな感じだったと思います。
この時の私は笑う事もなくただベッドに横になっているだけです


ふとおかしな事を考えていました。

もしも赤ちゃんに何かあったら…それは私のせいだ

だって赤ちゃんにはなんの問題もないんだから…

こうやっているのは私の身体のせいだ

もしも…もしも…

このまま産まれてしまってこの子をひとりで闇の世界にやってしまうくらいなら、一緒に私も行こう

この子をひとりになんてしない。私が一緒にいる。

このまま無事に産まれてこないのなら…

ここから飛び下りてしまおう…

あっダメだ。ここよりも確実にいく為には上の屋上の方がいい。

点滴を抜いてしまおう。

屋上に行こう。

そんな事を夜になると考えていました。

それを実行しようとした日…

ベッドから下りようとしたとたんにいつもよりも、いや初めてはっきりと判るくらいに赤ちゃんがお腹を蹴ったんです。しっかりとした胎動を感じたんです。

『ママぁ嫌だよ。ママに会いたいんだよ。だから嫌だよー』そんな風に言われているような胎動でした。(後からその話を知り合いに話したら赤ちゃんにはすべてわかっているのだそうです。そして自分が生きたんだと意思表示をしたくてお腹を蹴ったんだと言われました)

それから少しして24週を超えました。

ここまでくればもしも何かあっても助かる可能性もある。

先生も早産に備えて未熟児医療の整った都市部の総合病院に連絡をとってくれていました。

私と赤ちゃんに何かあった場合は救急車ですぐに運ぶ事そして受け入れをしてもらえ得る事を決めてくださっていました。一ケ所だけでは保育器が一杯だった時に困るからと3ケ所に連絡してどこの病院でもいいように気を配ってくださっていました。

そうして私も落ち着きを取り戻して行きました。

まだまだ先は長いけど…私に命を助けてくれたのはお腹の中の赤ちゃんだから…それに恥じないように私も頑張ろう。そう言い聞かせて毎日を過ごしていました
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コメント
この記事へのコメント
最後まで読んでからコメントを書こうと思っていたんですが・・。
たまらず涙が出てしまいました。
ほのちゃんがほのママさんを助ける為におなかを蹴ってくれたんですね。
そしてほのママさんが頑張って諦めなかったからほのちゃんが今いるんですね。

今,こうしてほのママさんと知り合えてほんとに嬉しいです。
お話最後まで載せてくださいね。
2006/01/20(金) 23:53:29 | URL | konamama #-[ 編集]
はじめまして。
私も、出産に辛い経験をしたひとりです。
命ってすごく強いものですね。
へその緒で、ちゃんと繋がってるんですもんね。
ここ読んだだけなのに、すごく、涙でちゃいました。
最後まで、読んでみます!!
2006/01/21(土) 10:53:47 | URL | junjun #-[ 編集]
konamamaへ
そうですね。
あの時もしもほのがお腹を強く蹴らなければそのまま実行していたと思います。
完結するまでもう少しかかりますが最後までお付き合い下さいm(_ _)m
私もkonamamaさんと知り合えてよかったです。
blogをはじめてよかった
2006/01/21(土) 22:29:52 | URL | ほのママ #-[ 編集]
junjunさんへ
お読み頂いてありがとうございます

junjunさんも同じように辛い経験をなさったのですね…
本当に母と子の神秘とでもいう感じです。
お腹の中にいても外の世界の音は聞こえてるんですもんね

まだまだ完結するまではかかりますが最後までお付き合い下さいねm(_ _)m
2006/01/21(土) 22:32:39 | URL | ほのママ #-[ 編集]
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