2000年春に2058gの未熟児で産まれた我が娘もピッカピッカの一年生になりましたy(^ー^)y 笑いあり涙あり、感動あり時には激怒ありの飼育日記です
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 授かった命15(退院までの道のり1)
2006年02月16日 (木) | 編集 |
これから『授かった命15』をお読み頂く方へ
この『授かった命』は私の妊娠初期からの経過を綴ったものですので『授かった命1』から順にお読み頂く事をお勧めします
こちらから..お読みになって下さいm(_ _)m


退院の時、看護婦さんからくれぐれも無理をしないように言われた。
入院中から貧血で治療も受けていたし、出産後のエレベーター事件もあるので退院前に検査を受けてひどい貧血だから絶対に無理しないように釘を刺されて来た。

でも家でじっと寝ていると頭がおかしくなりそうだった。
朝、旦那さんが出かける前にも『無理しないで寝てろよ。帰ったら連れていってやるからさ』と言われていた。

お昼前…布団の中でまた胸が張って痛くなる。2~3時間置きに痛みがある。
まるでほのかのミルクの時間を私に教えているようだった。

ひとりでマッサージを搾乳をしながら涙が溢れた。
私なにしてんだろ?どうして会いにいかないんだろ?
そう思うと夕方まで待っていられない。すぐに搾乳したミルクを持って病院へ出かけた。

病院に着くとほのかはまだ保育器の中にいた。
ミルクを看護婦さんに渡してカンガルーだっこをした。しばらくすると大きな機械が部屋にやって来た。
『おかあさんちょっとだけ赤ちゃんをお借りしますね』
そう言われて部屋の外に出るように指示された。
どうしたんだろう?あんな赤ちゃんにレントゲンなんて…
まっているつもりでいましたが立っているのもようやくの状態で仕方なく体調がひどくならないうちに家に戻る事にしました。
夕方、旦那さんが帰って来て
『病院へ行くか?』と声をかけられましたが起きあがれなくてそのまま寝かせてもらいました。

家で4時間置きにおっぱいマッサージをして搾乳をして冷凍保存したミルクを持参していきます。
なかなか沢山は出なくておっぱいのまわりは痣になっていました。それでも少しでも母乳を飲ませたいと頑張ってました。
旦那さんには『あまり無理すんなよ。今は粉ミルクもいいものがあるんだし』そう言われましたが、小さく産んでしまった我が子に少しでもという思いでした。

次の日もまた病院へ。
今日はもう保育器から出てるはず。そんな気持ちで病院へいくと…
ほのかはまだ保育器の中です。その様子はいつもと違いました。
びっくりしていると看護婦さんから『本当は今日、保育器をでるはずだったんだけど、黄疸がちょっと出たんで先生から光り治療の指示か出たんです。目に良くないのでアイマスクしてます。でも心配いらないですよ』
そんな説明を聞いていると先生が病室に入って来ました。
『いつもごくろうさま。体調はどうです?うんとね看護婦から聞いたかな?ちょっと思ったよりも黄疸が出てたんで今日はまだ保育器にいます。でも明日には出られると思うから心配しなくていいからね。今日もだっこして大丈夫だから』そう声をかけて下さいました。

このクマ先生はすごくぶっきらぼうというか。すごくサラッとっていうかそんな多少のコトは笑い飛ばしてしまうような先生で私的にはすごく安心出来る先生です。
こちらが聞かない限り必要以上に親を心配させる様なコトも言わなくて本当にこの先生でよかったと思ってます。

だっこしてから2時間くらいいて家に戻りました。

また次の日。
今日こそはそんな気持ちで病室に行くと昨日の説明通り保育器を出て、ようやく産着を着て可愛いベットに寝ていました。
『お母さんちょうど良いところに来たわ。これから沐浴だからやってみる?』そう看護婦さんに言われて産まれてから一週間目ではじめてほのかをお風呂に入れました。
恐かった。落としたらどうしよう。こんなに小さくてほんの少しでも力の加減を間違えたら骨が折れちゃいそうで恐かった。

病院に行く時間が決まった。お昼前の11時を目安に行くとちょうど沐浴なのでその時間から2時間か3時間を病院で過ごすようになった。

おむつを替えて沐浴、だっこしてミルクを飲ませる。そんな毎日だった。

でもなかなか体重が思うように増えてくれない。
そんな不安がありながらも毎日、毎日、病院へ行ってほのかの世話をするのが楽しかった。

2週間が過ぎた頃

いつものように病院へ行くと『ちょうどいいところに来たわ。これから下へ行って検査をするからお母さん一緒に行きましょう』そう看護婦さんに声をかけられた。
ほのかをだっこしてはじめて病室の外へ出た。
この時も恐かった。落としたらどうしようとそんな思いがあった。
眼科の前にいって一緒に中に入ろうとすると看護婦さんに止められた。
『うんとね。お母さんは外の待ち合いにいてくれるかな?中には入らない方がいいからっていうか診察室には私も入れないから』そう言ってほのかを眼科の診察室へを連れて行きました。

少しして中からものすごい声の泣き声が外待ち合い室まで響いてきます。

あっほのかだ!そうすぐにわかりました。何をしてるんだろう。ほのかの泣き声に身体が固まって涙が溢れます。

看護婦さんがほのかを連れて中から出て来ました。その顔がなぜか満面の笑みなのが私には信じられませんでした。
どうして?なんで笑ってるの?あんなにほのかが泣いてたのに?
でも次の瞬間その笑みの意味がわかりました。
『あららお母さん』泣いている私を見て看護婦さんが声をかけます。
『心配いりませんよ。ほのかちゃんの目には異常はないそうです。未熟児網膜症の心配もないから、ちゃんと見えますよ』

あぁだから看護婦さんは安心して笑っていたんだ。よかった。これでまたひとつ未熟児で産まれた事の心配は消えた。

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コメント
この記事へのコメント
こんばんは
BLOOG-RANKINGってゆうサイト見てたら記事が出ていたので、見にきました。私もブログやってみようカナ~(≧∀≦)ノ☆
2006/02/18(土) 00:51:52 | URL | Bee #-[ 編集]
一緒だぁ~(涙)
お乳が張る、一人で搾乳する、病院では保育器に入る娘、保育器脱出直前の黄疸。
ここまで、私と全く同じ経験です。母子って繋がってるんですよね~。赤い糸で。
ほのかちゃんの泣き声を、離れててもすぐ分かるのも、やっぱ、赤い糸が繋がってるからかな?
辛かったですよね~。その当時は…。
今が元気で何よりです。
2006/02/18(土) 09:53:52 | URL | junjun #-[ 編集]
ほのちゃんがそばにいないのに,お乳が張る・・。
辛かったでしょうね。
保育器から出られ,目も異常がなくてよかった。
本当によかったよかった。
2006/02/18(土) 22:02:06 | URL | konamama #-[ 編集]
じゅんさんへ
本当に親子の絆ってすごいですよね。
同じ経験を為さった方にはわかると思いますが、保育器をみると今でも辛いです。

この時のほのかの声は泣き声というよりも叫び声でした。外待ち合いに響くくらいの声でまわりも驚いてました
2006/02/19(日) 12:22:47 | URL | ほのママ #-[ 編集]
konamamaへ
本当に未熟児で産まれた為の心配はつきませんでしたよ。
外的なものも内的なものも…あげたらきりがありませんでした。
でもひとつずつクリアして今があるんですから、本当にまわりに感謝、ほのかの生命力に感謝です
2006/02/19(日) 12:27:13 | URL | ほのママ #-[ 編集]
おひさしぶりでっす^^。
ほのママさんの日記を見ているとうちの子がNICUに入っていた頃を思い出します。
私も毎日のように通っていました。夜中に急に会いたくなって泣いている私を見て旦那が一緒に行ってくれたこともありました。一人で搾乳をしていると涙が溢れてきて。ほのママさんと同じだなあと思いました。なかなか体重が増えず退院できなくて涙した日もありました。NICUにいる看護婦さんがミルクを飲んで寝てしまった優に、「もっと飲まないと!」と足をちみくって起こそうとして、優が大泣きしたときはすぐにでもうちにつれて帰りたいとも思ったり。いろんな出来事が思い出されました。
今は元気に育ってくれてありがとうという気持ちでいっぱいです。
2006/02/20(月) 22:06:43 | URL | sora #-[ 編集]
soraさんへ
soraさんも同じ思いをしてきたんですね
本当にこのときくらい私はなんて無力なんだと思いました。
なかなか増えない体重と量の増えないミルク…なんとかすわせようとおっぱいも口に含ませるんけど吸う力が弱くて…おかしい話ですが、3歳を過ぎてから急におっぱいを飲みたいと言い出して今でもたまーにおっぱいにしがみつく時があるんです(笑)『赤ちゃんだ-』って笑ってますが
お互いに元気な今に感謝ですねv(=∩_∩=)
2006/02/22(水) 09:23:12 | URL | ほのママ #-[ 編集]
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