2000年春に2058gの未熟児で産まれた我が娘もピッカピッカの一年生になりましたy(^ー^)y 笑いあり涙あり、感動あり時には激怒ありの飼育日記です
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 授かった命12(出産の午後)
2006年01月30日 (月) | 編集 |
これから『授かった命12』をお読み頂く方へ
この『授かった命』は私の妊娠初期からの経過を綴ったものですので『授かった命1』から順にお読み頂く事をお勧めします
こちらから..お読みになって下さいm(_ _)m



次に気がついたにはもう病室のベッドの上だった。

あぁいつの間に運ばてれ来てたんだ。

『気がついたか?』
ベッドの脇に旦那が座っていました。
『あっほのか大丈夫だった?なんにもなかった?』
『うん。大丈夫だよ。』
『手は?足は?』
『そんなに心配しなくても大丈夫だったよ』

旦那は呆れた顔で話しまが…わたしにとってはとても大切な事です。

ちょうど看護婦さんが来ました


『目が覚めました?じゃ先生読んで来ますね』と先生を呼びに…
ほどなく先生がやってきました『おめでとうございます。赤ちゃんには会って来た?あとで会っておいでね。出産に関してはなんの問題もなかったです。赤ちゃんはやはり小さかったから小児科の○○先生にお願いして5階に未熟児専用の保育器に入ってます。あとで○○先生から説明があるとは思いますが、無事に出産よかったです。経過がよければお母さんは5日後に退院ですから。あとの説明は婦長に聞いて下さいね』
そう言っていかれました。

あぁこれで一安心かな?
あとで行ってこうよう5階に…
そんな事を旦那と話していると婦長さんがやってきました。

手には書類をいくつか持っています
『おめでとうございます。さっそくですが、赤ちゃんは未熟児だった為に特別な治療が必要になります。費用もバカにはならないでしょう。その費用の負担を少しでも軽くできるように公的な手続きをしなくてはいけません。これがその書類です。出産届けを先に役場に出してそれからこれを合庁の保健所に提出して下さい。他に必要な書類もいくつかあるのでそれも揃えて下さいね。そうすると公的な認定を受けて収入に合わせて赤ちゃんにかかる費用が変わりますからね。』そうひとつひとつ説明を受けました。
『そう言えば名前は決めてるの?それが先よね?』
『こういう状況だったので名前は決まってますから、今からでも出しに行けます』
『そうね。じゃ御主人よろしくお願いしますね』
そう言って書類を旦那に手渡して行かれました。

『こんなにあるんだ。でもちゃんとしないとな。昼からでも役場行って来るよ』
『うん。大変だけど頑張ってこなさないとね。ほのかも頑張ってるんでしょう?あと一緒に乳児医療手続きもしてきてね。それと児童手当もね』
『うんわかってるよ』
そう言っていったん家に戻って行きました。

隣のベッドの方が声をかけて下さいます
『おめでとうございます。なんか早かったですね。お昼かななんて話してたんですけど。すぐだったんですか?』
『そうですね。8時17分ですからほとんどすぐですね』
『安産ですね。よかった』
『ありがとうございます。夕べはうるさくてして今朝も大騒ぎで迷惑ばかりかけてごめんなさいね』
『お互い様ですから気にしないで下さい』
そんな会話をしていました。

お昼に母がようやくやってきました。
旦那が連絡をした時には会社でどうしても抜けられなくて今になってしまったと謝っていました。
『大丈夫?よかった無事に産まれたね。みんなが守ってくれたんだよ』
『本当にそうだね。守ってもらったよ。お父さんにもじぃちゃんにもね』
『赤ちゃんは会って来たの?』
『ううんまだ。先生は会って来てもいいよって言ってるからお母さんもいるし行ってみる?』

そう言って5階の未熟児病室へ

エレベーターを上がって小児科病棟のナースセンターに声をかけます。

『すいません。○○ですが赤ちゃんに会いに来ました。入っていいんでしょうか?』
『はい、どうぞこちらから』
ナースセンターを通って未熟児室へ
『うんお母さんはこちらから入ってくださいね。エプロンと帽子とあと手の消毒ね』そう言われたとように準備をして中へ
母は中には入れないらしいにでナースセンターと未熟児室の境のガラスの前にいました。

そこには大きな保育器は2つと小さいベッドが3つ

大きな保育器の中に小さい小さいほのがいました。
見た瞬間
涙が溢れます。思わず『ごめんね。ごめんなさいね。こんなに小さく産んでしまって…ごめんね』そう保育器にすがって泣いていました。
だってはじめてまともに見た我が子は小さい身体に大きなおむつひとつだけで身体には機械の線が沢山ついていました。足には点滴に管まで…そんな我が子の姿をみて取り乱さない親はどこにもいないでしょう。
近くにいた看護婦さんが『あらあら泣きムシなお母さんですね。大丈夫私達に任せて下さいね』そう笑って声をかけて下さいました。

すこし体調が悪くなった私は看護婦さんにお願いをして部屋に戻る事にしました。

がここで事件ぼっ発…

帰りのエレベーターで気分がすぐれずにエレベーターのドアに寄り掛かってしまいました。
そして3階のドアが開いたとたんに


バタン


なんと意識を失ってしまっていた私はそのまま倒れてしまいました。
点滴の台を握ったまま…
慌てたのはまわりです。
母や一緒にエレベーターに乗っていたからナースセンターがエレベーターの前なので倒れた音を聞いた看護婦さんもみんな大慌て

『○○さん○○さん』と看護婦さんに声をかけれられなんとか意識は戻りましたが、まだ朦朧としています。
そのまま車椅子で病室に戻りました。

看護婦さんからは大目玉です。
『なんてむちゃなことするんですか?怪我がないからいいようなものの…』
『すいません。先生が赤ちゃんに会いに行ってもいいっていうから…』
『それは連れて行ってもらいなさいってことですよ。今日はもう無理しちゃだめですよ。ずっと寝たきりでからだも歩く事になれていないし、出血もかなり多かったんですから、行く時は声をかけて下さい。』
『はい…すいません』

けっきょく夕方旦那が来る間ではまだベッドに横になっていました。

そして夕方再度赤ちゃんに会いにいきました

 授かった命11(運命の出産)
2006年01月29日 (日) | 編集 |
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そのまま通り過ぎて分娩室へ入った。

とにかく分娩台に乗った。

看護婦さんは忙しく動き回る。
『ライン確保しますからね』そう言って腕に点滴をした。
足はまだそのまま…
『足は抜かないんですか?』
『先生の許可がないとね。』

そうなんだ。でも陣痛しんどいな
イタイ・・・~(>_<。)ゝ

そんな準備をしてお腹に計測器をつけたあとに看護婦さんから思いもしない一言が…
『これから朝の配膳で看護婦が足りないから行って来るね。何かあったらコールしてね』
そう言っていなくなっちゃいました。

えぇ~こんな状況でひとりにしないでーー
言える訳もなく私はそのままひとり分娩室に取り残されました。

この間15分位かな?

とにかく陣痛に耐えて耐えて時間が長く感じた。
早く戻って来てー
仰向けになってなってられない。
思わず横になって耐えていました。

何人か看護婦さんが出入りをしますがみんな忙しそうで私の苦痛に気付いてくれない。

ようやく看護婦さんが戻って来ました。
『ありゃー横向いたら計測器はずれてるね。仰向けに頑張ってね。先生にも連絡したから。もう少し我慢してね』
そういいながら準備に入ってます。

7時45分過ぎても先生は来ません。

看護婦さんが私に子宮口の様子をみて慌ててます。
『誰か○○先生に連絡して、早く来て下さいって』

ぇぇ先生まだなの??
っていうか小児科の○○先生も来てないよ。
陣痛で朦朧としている割りにはまわりを冷静に見てる自分がいました。

看護婦さんはひとり増えふたり増えと人数が増えていきますが肝心の先生は来ない。

『先生は?』
『今出たそうです』
『○○さん、先生もうすぐだから、ここから3分のところに住んでるから』
はぁそんな事はもうどうでもいいくらいに陣痛が…

ここへ来てようやく陣痛止めの点滴が抜かれました。

7時50分先生は到着
『○○さんの状態は?まだ大丈夫だろ?』
そう言いながら手を洗ってエプロンをしています。
『先生もうダメですよ。全開です』
そう看護婦さんが言うと先生が私の足下に座りました

『じゃ陣痛の波に合わせて息んで』と先生に言われて

『うーーーん』を陣痛に合わせて息んでみます。
でも実は私はこれのやり方を知らない。本では読んでいたけど実際に練習した事がないからどうしていいのかまるっきりわからない

『おい!!声をもらすな!!』

げっ?なに先生が怒ってるよ。どうして?だって
そんな私の戸惑いをひとりに看護婦さんが察して下さって頭のところに来て下さいました。
『○○さんわからないのね?じゃ手を握って私がやるように一緒にやって』そう言ってくれました

2度目の挑戦です
『はいこの波で息んでーー』
『うーーん』やっぱり声が出るよ
『声出すな!!赤ちゃんに酸素が行かなくなるから赤ちゃんが苦しんだ。もう少しだから声出すな!』

また怒られます。

3度目の挑戦です
隣の看護ふさんに合わせて身体を起こして声を出さないように息みます

次に瞬間

『もういいよ』と足下にいた別の看護婦さんが声をかけます

そして何かが私の中からつるんと出た感触が…

8時17分あぁ産まれた!!!

でも…でも…


『おぎゃーおぎゃー』


なんと泣いたんです。産声を上げたんです

諦めていたのに…


『産まれましたよ。女の子だよ』先生が声をかけてくれます
『小児科の○○先生は?』
『まだです』と看護婦さんが言うと
『じゃ体重計って沐浴先にして○○先生が来たらすぐに頼めるように』

先生は落ち着いてます。大丈夫なの小児科の○○先生がいなくても?

先生は私のあと処置に入りました。胎盤を子宮から出します。
その後、麻酔をして切ったところを縫合にはいりますが…この麻酔が痛い!!
思わず『イターイ』と腰が逃げます。
またまた先生に『危ないから動くな!』と怒られました。

赤ちゃんが沐浴を受けている時に小児科の○○先生が来ました。

『産まれましたね。じゃあちょっといいかな?』そういって産まれたての赤ちゃんを診察しています。

横からどうなっているんだろう?さっきはちらっとしか見れなかったし…
神様どうかお願いです。何ごともなく無事でありますように…そう祈っていました。

『おめでとうございます。やはり小さいし早い時期に出産なのでこのまま5階で預かりますね。あとで見に来て下さい』そう声をかけてくださいました。

やっぱり何かあるのかな?どうしよう…そう言えば旦那はどうした?今は8時半だけど看護婦さんはなにも言わないし…
そんな事を考えていると麻酔が効いて先生が縫合に入りました。

縫合が終わって看護婦さんと先生が赤ちゃんの点数をつけてます。

『5点ですか?はい。4点ですね。はい。これも4点ですか?』
『いやこれは3点だな。血色は悪かった』
などど言ってます。
あとで聞くと産まれた赤ちゃんはこの点数で状態を確認するんだそうです。

赤ちゃんが枕元に来ました。
『2058gの女の子ですよ。かわいいですね。さっき○○先生が話していたようにこのまま5階に行きますね。また後でね』
そういって連れていかれました。

あぁあれがさっきまで私にお腹にいた赤ちゃん?
顔はちゃんと揃ってた。目も鼻も口も問題なかった。でも指は?身体は?
不安はつきません。

9時を過ぎてようやく旦那が分娩室に入ってきました
『御苦労さん。8時15分にはここの前にいたのに看護婦さんが気付いてくれなかったよ』そう頭を掻いています
『赤ちゃん見た?』
『いやまだだ。これから行って来る。5階だろ?』
『うん。顔は確認出来たんだけどね。手とか足とか指とか見てないんだ。だから確認して来て。なにもないか大丈夫か…』
『わかった。ほら喉乾いてんだろ?』とお茶をおいて5階へと赤ちゃんに対面に行きました。

私は…よほど疲れていたのか?そのまま眠りについてしましました

 授かった命10(最後の試練)
2006年01月27日 (金) | 編集 |
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23日の夜中…

お腹の痛みが止まらないし、激しさをましていく。
あぁこれが本格的な陣痛?
そんな感じがした。

それと共に汚い話ですがう○○も出そう…
実はこの時点でもう10日以上もお便秘が続いてました。

どうにもならなくてナースコールします。
『どうしました?』
『ちょっとお腹が痛いんだけど…あと簡易トイレお願い出来ますか?』
『わかりました。今もって行きますね』

少しして看護婦さんが簡易トイレをもって来てくれた
『大丈夫?出来たら息まないで出来るかな?』

えぇ~息まないでって…息まないでどうやってう○○しろっていうのよーーと思いながら
『なんとかやってます』と返事した。

『終わったら呼んでね』

そう言って看護婦さんは消えました。

はぁ~ひさしぶりに床に足を付けて立ちました。
なんともしんどい…

10日以上もお便秘なので息まないで出る訳がない!
でも息んじゃいけないと言われたし…
かなり頑張っていろいろと工夫して出来るだけだしました。
これ以上は汚いので…すいません

終わってからまたナースコールをして看護婦さんを呼びました。
看護婦さんは簡易トイレを確認していました。
出血がないか?異常はないかをみたんだそうです
『けっこう出せたね。出血も大丈夫。取りあえず子宮口がどれくらい開いてるか確認するから』
そういって内診しました
『4cmだね』
『産まれますか?』
『まだだよ。もしも何かあったら呼んでね』
そう言って戻って行きました。

まだなんだ~でもけっこう痛いんですけど…
ちょうど夜中の12時を過ぎ頃でした。
カーテン越しに満月の明かりがきれいな夜でした。

ここからわかる限り自分で陣痛の間隔を計ったりしてました。

でも陣痛止めの点滴をしているためなのか、陣痛の間隔がめちゃくちゃで遠くなったり近くなったり…

そんな中で朝を迎えていました。

ほんの少しでも寝られたようです。

朝、看護婦さんが6時半にカーテンを開けに来てくれた時
『すいません。かなり限界なんだけど…』
『じゃあちょっと確認してみようか?』
『あッ7cmは開いたね。もうここよりも陣痛室のほうがいいね。今、車椅子もって来るから』
と看護婦さんがあわてて戻っていった

その隙に本当はいけないんだけど携帯で家に電話をかけたが…旦那の携帯が繋がらない。
姑もまだ寝ているのか電話にでない。

となりのベッドの人に声をかけた
『夕べはすいませんでした。今から出産になると思うんですが…家に連絡が取れないんです。看護婦さんに頼んではみますが…お願いがあるんです。7時半過ぎたら旦那の携帯か会社に電話してもらえませんか?』とお願いをした。
隣の方とかここへ来た次の日から一緒で仲良くなっていた。

『いいですよ。頑張ってね』と引き受けてくださいました。

看護婦さんが車椅子をもって戻ってきました。
たった50mの移動なのに陣痛が来て途中で何度も止めてもらいました。
その様子を見ていた看護婦さんが
『このままやっぱり分娩室に運ぶね。』
そういって陣痛室の前を通り過ぎていきました。

旦那とはこの時点で連絡が取れていません

 授かった命9(最後の3日間)
2006年01月26日 (木) | 編集 |
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3月20日を境に子宮の収縮が増して行った。

でも点滴は抜いてくれないしなぁ
なんて考えいたら点滴の針を刺し直しの時に、とうとう両腕とも完全にアウトで刺せる血管がない。これで外れる?なんてちょっとでも考えた私が甘かった。
なんとふくらはぎの血管に点滴の針を刺す事になってしまいました。

その時の看護婦さんの一言は…『あらぁ~腕も手の甲もまるっきりダメだね。そうだ!○○さんは絶対安静でベッドから下りないから足にしても大丈夫だね~ということで足にするからね』でした。
これがどうにもこうにも痛かった。

点滴暦連続3ヶ月、多少の場所ではけっこう我慢出来たのにさすがにここに針を刺した時はなきました。
思わず『いたーーーい』と声を上げた程…
あぁとうとうこんな場所に点滴なんて…そう思っていました。



20日の回診の時に
『先生、下の糸を切って点滴外してくれたら今すぐにでも産めるのになぁ~』
なんて回診の時に先生に話をした。

先生も『気持ちはわかるけど…1秒でもいれておきたいから、点滴はぎりぎりまで外さないよ』なんて笑いながら話して行きました。

はぁまだか~でもけっこう来てるんだよね。これって陣痛かな?なって思いながら1日を過ごしていました。
この日の子宮の収縮を計測する機械をなんと2時間も付けていました。
なんてことはない。あまりの忙しさに看護婦さんが忘れていたらしい。
あまり笑う事のなかった入院生活の中で思わず笑ってしまう出来事でした。
看護婦さんは必死に謝って下さいましたけど…

21日の回診の時に『う~んこの先何があるか…取りあえず下の結んでる糸を切っちゃおうか?』そう言って簡単に子宮口を結んでいた糸を切った。
『かなり弛んでたね。』そう言っていました。

あぁこれでいつ産まれる事になっても大丈夫かな?
はぁ今日から満月だな~
よく人の生き死にって満月や潮の満ち引きに関係があるっていうから…
出来たら土曜日の25日は避けて欲しいなぁ。
旦那が親戚に結婚式でいないから、でも日曜日に嫌だァ~
24日あたりに産まれて来てくれないかな?
そんな事をお腹を撫でながら話し掛けていました。

1日がとても長く感じました。

22日の回診の時に
『先生そろそろ?』と聞くと
『う~んそうかな?』
『切るの?』
『いやこのまま行ければ自然分娩出来るよ』
『でも切った方が赤ちゃんには楽じゃない?』
『今のまま感染症が落ち着いてれば自然分娩。わざわざ切らなくても大丈夫。切った分だけ○○さんの回復に時間がかかるから,心配しなくても大丈夫。任せなさい』
『産まれたら赤ちゃんはどうなるの?』
『今のところ2000ぎりぎりかな?そうなると私じゃなくて小児科の先生の担当になるから、赤ちゃんはそのまま5階の未熟児専用病室に移動するよ。出産の時は小児科の○○先生も立ち会うから大丈夫。あとで○○先生も顔を出すよ。』

そんな会話をしました。

そうか…赤ちゃんはそのまま5階に行っちゃうんだ。仕方ないよね…
2000gしかないんだもん。
小児科の○○先生ってどんな人だろう?
でも大丈夫だよね?未熟児の専門の先生だって言ってたもん。
そんな事を考えいた時


『○○さん?』と見知らぬ先生が病室に入ってきました。
一目見たその先生は…

まるでクマさん…

これが小児科のこの後3年間お世話になる○○先生でした。

『小児科医の○○です。よろしく。産科の○○先生からお話は聞いています。出産の時は立ち会いますから安心して下さい。』
そう挨拶されました。

『よろしくお願いします。でも赤ちゃんは小さいし、32週での早産になったら…やっぱり障害とか出ますか?』

『う~ん今の段階ではなんとも言えませんね。これだけは産まれてからないと…でもお母さんが1分でも1秒でもお腹の中に入れておいてあげたらそれだけでも成長しますから。今は赤ちゃんのことだけ考えてね』

『わかりました。少しでも長くお腹の中にいてくれるように頼んでみます』

そう答えると先生は笑って行かれました。

そうかどの先生も同じ事を仰るってことはやっぱり少しで長い方が赤ちゃんの為なんだ。
頑張ろう。この子を今守れるのは私だけなんだから…
改めてそう思いました。


23日…

1日中、睡魔と子宮の痛みに襲われました。
夜中耐え切れないほどの痛みがやってきました。

いよいよ運命の日がやってくるのです。




 授かった命8(日替わりの感情)
2006年01月24日 (火) | 編集 |
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次の日から食事の時以外は本当に寝たきりの生活がはじまった。
起き上がる事さえ制限される毎日。

時折訪れる子宮の収縮…
流れ出る羊水…

私は?お腹の中の赤ちゃんは?どうなるんだろう…

感情が日替わりで揺れる。

あまりの羊水に流れ出る量に先生に聞いた『こんなに出たら赤ちゃんは苦しくないんですか?あとどれくらい待てばいいんですか?』

『羊水がこれだけ流れるってことはそれに負けないくらいの羊水をお腹の中で作り出してるって事だから逆に大丈夫なんだよ。これが出なくなったら大変なんだ。まだまだもう少しぎりぎりまでね』

あぁあそうなんだ…作ってるから流れる。作らなくなったら出なくなるんだ。
羊水がバンバン流れる為に私は大人用のおむつをすることになってしまいました。
お産ようのパットでは足りないんです。
かぶれもひどくなりお薬を出してもらう事になりましたが…ひとりではどうしうようもできなくて朝と夕方、看護婦さんがお湯で患部を流してお薬を付けてくれる事になりました。
これがかなり痛いくて…もともと皮膚が弱い為に本当に大変でした。

でも…不安はつのります。

毎朝の血液検査…これで感染逾有無を調べる。
感染が少しでも出るとすくに抗せい剤の点滴をする。
抗せい剤の点滴をした日はblueになってテレビさえ見る気にもならない。
ただ天井をボーっと眺めては涙が溢れてくる。

私だけどうしてこんな思いをするの?
もしも感染がひどくなって赤ちゃんに何かあったらどうしよう
感染の心配よりもはやく出してあげた方がいいんじゃ?
でもまだ31週を越えたばかりでもしもこのまま産まれたら…
そんな思いが頭の中を駆け巡ります。

あまりの感情の波に女性の先生が心配してカウンセリングとまではいかないけれど私の話を聞きに何度も足を運んで下さいました。
お昼の空いた時間や夕方お帰りになる前などに私の部屋へ来て、その時々で私の気持ちが変わる事もわかって下さいました。


ある日とうとうこんな事を先生に言いました
『もしもこのまま感染を起こす心配をして毎日を過ごすくらいなら、産んであげちゃダメですか?帝王切開なら少しでも赤ちゃんの負担は軽くなりますよね?毎日毎日こんな思いをしてもうおかしくなりそうなんです。お願いします。○○先生に頼んで下さい』

『そうね。○○さんの気持ちは痛い程わかるわ。妊娠初期からずっと辛い思いばかりをされて来ている様ですしね。でもねまだ表に出してあげるには早すぎるの。確かに感染症は恐いけどその為に毎日採血して検査している。31週の半ばってことはまだ肺の機能が整ってないからきっともしも産まれたとしても産声を聞く事は難しいかもしれない。でも少しでも長くお腹の中で育ててあげれば、それだけ外の世界に適応しやすい様に少しでも機能が整ってくれる。今は外の世界で適応する為に大切な機能ができる時だから○○さんももう少し頑張りましょう。その時が来たら○○先生がきちんとお話して下さいますから』

こんなお返事だったと思う。

そうか今は肺の機能や目の機能が整う時期なんだ。
もしもそれが整わないうちに産んでしまうとその機能を補う為に処置が必要になるんだ…
少しでもその処置をしなくてすませる為にはお腹の中で成長させてあげるのが一番なんだ。
もう少し頑張ろう。先生の言う通りなんだ。

この女性の先生にはなんともお礼のいいようがありません。
私の主治医は主任の男性の先生だったのですが、この女性の先生は担当ではないにもかかわらず細やかな心遣いをして下さいました。そのおかげで私は前のようにおかしい事を考える事はありませんでした。

その頃からまた父の夢を見るようになりました。
以前とは違っています。

もう大丈夫だ。お父さんが守ってやるから安心しなさい。じいちゃんもばぁちゃんもみんなで守ってやる。安心しなさい。もうすぐ会いに行かせてやるからな

あぁもうお父さんは赤ちゃんを連れて行かないんだね。ちゃんと赤ちゃんは無事に私に元へやってくるんだね?

そんな夢でした。

3月20日を境に子宮の収縮がまして来ました。

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